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2024年10月 杉江 理さん (WHILL株式会社代表取締役社長CEO)
五宝 健治さん(WHILL株式会社取締役CFO)

桃李成蹊

杉江理さん

 WHILL株式会社(以下「WHILL社」)が手がける近距離モビリティは機能的な価値だけでなく、情緒的な価値も兼ね備えていると感じています。スタイリッシュで格好良い外観、使いやすい上、利用者のおしゃれ心も満たしています。どのようなプロセスを経て現在のWHILL(ウィル)の形に辿り着きましたでしょうか?

杉江さん: まずは大前提として電動車椅子のイメージを良くしたいと考えており、そのためにはイメージとプロダクトの両方を格好良くしないといけないと思いました。ウィルが置いてある販売チャネルやウェブサイトなどを含めてすべてにおいてです。ウィルの場合、スタイリッシュさだけでなく、機能的な側面も反映したデザインにすることが非常に重要なポイントだと捉えています。初号機のModel Aが最初の象徴的なプロダクトなのですが、従来の電動車椅子の違和感がある部分はどこなのかをよく考えた結果、乗っている姿勢に違和感があると感じました。つまり、椅子が動くという構造を変えるというのが重要だと気づき、椅子に見えないようにデザインすることを意識するようになりました。従来の電動車椅子の形は、椅子に車輪がついたものになるのですが、椅子が外で動いていたら心理的にも先入観的にもおかしいですよね。椅子に見せたくないので、座る部分の色を黒にしています。一方で、機体側面の斜めに伸びるアーム部分と手元のコントローラーがウィルの象徴的な部分になり、座っている姿勢ではなく、何か操作しているような見え方になります。私たちは姿勢をデザインすることで、椅子ではなくモビリティとしてウィルをイメージさせることに成功しました。

五宝さん(左)、杉江さん(右)

  2012年創業から12年が経ちました。WHILL社は近距離モビリティを製造販売する会社から革新的な近距離移動を提供する会社へと飛躍的な成長を遂げてきました。次の10年ないし20年のWHILL社の青写真を教えていただけますか?

杉江さん: 今はWHILL社で描く第2フェーズにあり、サービスを作ることに注力しています。主にB2B事業として「WHILLモビリティサービス」を積極展開しているのですが、テーマパークやホテル、コンベンションセンター、商業施設、クルーズ船など様々な施設にわれわれのサービスを提供しています。このサービスは大きく2種類あり、1つは空港を中心に、スタートから目的地まで一直線で効率良く移動するための自動運転モビリティサービス。もう1つは自分で操作するウィルを活用し、施設利用者が自由に周遊できるオンサイトフリートマネジメントサービスです。いずれのサービスも、施設側が所有する機体の位置やバッテリーなどの状態の確認、予約や決済の管理、利用履歴の記録など、日々安心安全にサービスを安定運用いただけるシステムを完備しています。明瞭な月額の料金パッケージや保険を含んだサポートサービスなどをセットにし負担少なく近距離移動サービスを導入いただきやすい体制を整えることで、モビリティサービスを導入する法人施設を積極的に拡大していく予定です。

杉江さんと編集長

第1フェーズでは、日常的にウィルを必要とする個人のユーザーを増やしてきましたが、現在注力している第2フェーズは先ほどのとおり、WHILLモビリティサービスを世界中の施設にどんどん増やしていく段階です。日常的にはウィルを使わない方でも、行った先々でウィルを一時的に利用でき快適に移動できるという便利な状態を構築していきます。

次の第3フェーズは、自宅と施設の間の移動をさらに便利にしていきたいと考えています。例えば現状は、車椅子ユーザーもウィルユーザーも、電車に乗る時にSuicaなどで改札を通り、駅員さんにお願いしてスロープを出してもらい電車のドアとホームの隙間を埋めてやっと乗車できます。われわれが目指す未来は例えば、改札を通る時にIoT(Internet of Things モノをインターネットに繋ぐ技術)を通じて、駅員さんがウィルユーザーの来場を事前に把握して近くで待機できる、電車からスロープが自動的に降りてくる、こうした一連の連携で、誰もがシームレスに乗降や移動ができる世界です。これは一例に過ぎないですが、飛行機の場合も同じことができるはずです。実現にはまだまだ多くの参入障壁がありますが、それらをどう解決していくかが重要です。

 WHILL社は現在日本、北米、オランダ、中国など世界で6つの拠点を持ち、約30の国と地域で製品とサービスを提供していると伺っています。これからの世界展開について教えていただけますでしょうか?

杉江さん: 今のグローバルマーケットはもう十分だと思いますので、それ以上広げるつもりはありません。現在展開しているエリアでしっかりと事業を成長させていくことに注力していきます。

  WHILL社以外にもセグウェイやキックボードなど様々な形のパーソナルモビリティが存在していると思います。WHILL社の強みやこれからの技術革新のポイントについて教えていただけますでしょうか?

杉江さん・五宝さん: そもそも領域が違いますね。飛行機は空、電車は鉄道、バスとタクシーは車道、キックボードと自転車は自転車レーンや一部車道ですが、対してWHILL社は歩道を中心とする歩行領域での移動に特化しています。運転免許証やヘルメットも要らず歩行者の扱いであるので、セグウェイやキックボードなどと領域が異なりますし、取り組んでいることも全く違います。

技術革新のポイントについてですが、モビリティとしてのハードウェア技術だけでなく、先程もお話したとおり、あらゆるものとつながるためのソフトウェア技術です。例えば、販売事業とサービス事業が1つのWHILL IDという仕組みでつながっています。つまり、ウィルを行った先で一時的に使う方も、日常的に利用する方も全員がそのWHILL ID1つあれば、WHILL社が提供するあらゆる近距離移動のサービスを便利かつ快適に利用することができます。

WHILL社のようにモビリティの販売事業とサービス事業の2つを同時に展開している会社はあまりありません。かつ、ソフトウェアをベースとするサービスとハードウェア技術を有するとともに、B2BもB2Cにもプロダクトを提供している点は、唯一無二のWHILL社の強みと自負しています。

杉江さんのお好きな言葉
五宝さんのお好きな言葉

  WHILL社が目指す近距離モビリティの「モノ」︎×「サービス」︎×「ファイナンス」︎×「場所」のエコシステムの構築について詳しく教えていただけますでしょうか?

杉江さん: 車産業では既にやっていることですが、サービス分野でいうと、販売や二次流通、メンテナンスやライドシェアなどがあります。ファイナンス分野でいうと、保険やリースやカードローンなどがあります。これらは車産業で既に作り上げてきたものなので、これを模倣してわれわれの近距離モビリティ業界でも活用しようと考えています。このエコシステムは車産業で300兆円の規模があり、極めて大きな産業です。高齢化社会になっていくにつれ、車に乗れなくなったり公共交通網の縮小で移動に困ったりする人は確実に増えていきます。例えば、人口の10%が免許を返納したとすると、30兆円規模の市場がわれわれの事業領域でできあがる計算になります。

五宝さん: エコシステムのイメージが湧いていないのではないかと思いますが、例えば、車業界の中古車市場で車を安く買えるだけでなく、新車を買って5年経ったら価格がいくらになるかという価格形成もされています。その価格がついていると何ができるかと言うと、自動車ローンを組む時に残価設定ローンが組めるのです。ローンを組んだ時に毎月払う金額がかなり安く抑えられるので、そういう構造がわれわれ近距離モビリティの分野にまだないですね。例えば、2年ローンを組んだとしても、毎月24分の1の金額を払う必要があるので、もしかしたら車より毎月高く払わなければいけない可能性があります。こうした業界構造を、車業界を模倣して創り上げていく必要があると思います。WHILL社単体ではなく、様々なパートナーと組んで作っていくことで、お客様の利便性を高め、買いやすくし、結果として市場を一層広げてゆくことになります。金融系の会社やサービスの会社などとも組んでいますし、日本だけでなく、世界中でこの構造を作っていく考えです。

  現在WHILL社はグローバルで300名以上の社員を擁していると伺っています。比較的若い会社だと存じますが、どのようにして短期間で各分野の優秀な人材を次々と獲得することができましたでしょうか?

杉江さん: WHILL社が取り組んでいることは、比較的にシンプルで分かりやすく、社会にとっても重要なトピックで、それに共感して入社いただく方が多いです。

  グローバルにビジネスを展開されているWHILL社の企業文化を教えていただけますでしょうか?

杉江さん: WHILLの企業価値(Corporate Value)についてお話しします。

1つ目は「One Team」です。WHILL社はハードウェアも作っているので、一般的なソフトウェアの企業に比べると製造や物流など部門がとても多くなります。部門が違ってもOne Teamで力を合わせようという意味です。

2つ目は「Look Ahead」です。先をしっかり見据えて、道を作っていこうという意味です。

3つ目は「Drive」です。自らハンドルを握って運転しましょうという意味です。助手席に座って寝てはダメですよ。

4つ目は「Learn」です。社会の流れとビジネス環境の変化が激しいので、自分をアップデートし続けていく必要があるという意味です。

これはWHILL社すべてのグローバル拠点に共通する企業価値になります。

  日本人社員が重んじる価値観やルールに関して、外国人社員が必ずしもすべてに順応できるわけではないと思います。杉江さんはどのようにチームビルディングをしていますでしょうか?

杉江さん: 自分たちが目指す姿を追求していけば良いと考えています。日本の文化を重んじるべきとは考えておらず、効率的かつ社会にとって価値を生むことを重視しています。

  五宝さんは慶應義塾大学理工学部・理工学研究科をご卒業されまして、パナソニックと投資ファンドを経て、2016年からWHILL社のCFOを務められています。五宝さんから見たWHILL社の魅力を教えていただけますでしょうか?

五宝さん: WHILL社がやっていることは、とても分かりやすく説明もしやすいです。マクロの視点でいうと、世界中が抱えている高齢化の問題と人口減少という非常に重要かつ大きな社会課題に対して、どちらも解決しようと取り組んでおり、これは非常に社会的価値のあることだと考えています。一方で、ミクロ視点でいうと、作っているプロダクトや提供しているサービスは、周りの高齢者が日々当たり前に使っているものなので、イメージが湧きやすく説明もしやすいです。どの視座で見ても分かりやすくて社会に価値を提供している会社ですし、自分の子どもや親にも容易に説明できるところが魅力です。

  杉江さんのCEOとしてのリーダーシップについて五宝さんはどんな風に見ていらっしゃいますでしょうか?

五宝さん: 杉江さんはとてもオープンかつ諦めない人で、一緒に仕事をしやすいです。私は2016年にWHILL社に入社しました。その1年ほど前から付き合いがあり、当時私はベンチャー企業に在籍していたのですが、杉江さんからはCFOを探していると聞いていました。私を採用したいはずなのに、杉江さんは「WHILL社は今こんな危機的な状況なので、入社してくれなかったらつぶれるよ」といった話をしていて・・・。人を採用する時に普通は会社の良いことを伝えますよね(笑)。杉江さんはとてもオープンで色々と話してくれましたし、会社のフラット感がとても気に入りました。ここはやはり杉江さんの人柄の良さですね。こういう人ですから、社員のみんながついてきてくれているのだと思います。

  WHILL社のCEOとして過ごしてこられたこの12年間は、多くの挑戦や困難に挑んでこられたと思います。杉江さんを突き動かす原動力はどこにありますでしょうか?

杉江さん: 会社のミッションである「すべての人の移動を楽しくスマートにする」というのが私を突き動かす原動力です。年齢、国籍、コンディションを問わず世界中の老若男女、つまりすべての人の移動を楽しくスマートにしますので、やることがたくさんありますね。その目標に到達するために、毎日頑張っています(笑)。正直に言いますと、原動力についてあまり考えたことがありません。日々情熱的にやっているだけです。

五宝さん: 「すべての人の移動を楽しくスマートにする」というのがWHILL社のミッションなので、永遠に達成しないですよ。ですから、ずっとやり続けます(笑)。

  常にエネルギッシュでバラエティに富んだお仕事に取り組む精神力はどのように養っていますでしょうか?

杉江さん: 私の場合はスポーツが精神力を養ってくれました。小学校から高校まで強豪校でバスケットボールをやっていたことがとても良い経験になりました。特に良い経験になったのは、高校生の時にバスケットボールの試合に出られなかったことです。小学校と中学校ではエースとして試合に出ることが当たり前だったのに、高校は強豪校ゆえ選手全員が強く、ポジション争いが熾烈で、私の出る幕がなかったのです。極めて悔しい思いと挫折を味わった3年間を過ごしましたね。どれだけ努力をしても試合に出場できなかったので、同じ境遇の選手の気持ちがよく分かりました。立命館大学に入ってからはボクシングを始めました。ボクシングは個人競技なので、一人で強くなれますし、相手を倒したら勝ちという種目でシンプルだったのも良かったです。大学ではボクシングの新人王にもなりましたし、中国の南京で2年間日本語教師として過ごしていたときは、現地の大きなボクシング大会に出て、チャンピオンになったこともあります(笑)。小さい時からバスケットボールで運動神経を鍛えてきたので、頭を使って一生懸命に練習を積んで結果を出すことができたのではないでしょうか。仕事に取り組む精神力もここに通じていると思います。

  杉江さんは日産自動車で3年間デザイナーとして勤務され、中国の南京で日本語を教えられ、世界各地を旅された後に、WHILL社を創業されました。同社の事業を大きく成長させるために、創造力、好奇心など様々な力が必要だと思います。杉江さんご自身のプロフェッショナル人生を振り返ったときに、過去のどんなご経験や学びが製品開発とビジネス展開に役立っているとお考えでしょうか?

杉江さん: 私が最初に車産業を選んだ理由は、世界中を動き回ったり、世界中の人々を喜ばせたりすることができる産業だからと感じたからです。世界中の国々を訪れる中で、あるときパプアニューギニアに行ってみると、日本製の幼稚園バスが走っていました。ボリビアに行ってみると、日本車があちらこちらで走っていました。行く先々の国で、日本製の車がかなり活躍していることを肌で実感し、車産業を選びました。私が世界にプラスの影響を与えられる仕事がしたい理由はここにあるんですよね。

  今年9月にウィルの新しいモデルが発売されたと伺っていますが、詳しく教えていただけますでしょうか?


2024年9月新発売のWhill Model Rの後に立つ杉江さん

五宝さん: 今年9月にWHILL Model Rを新しく発売しました。WHILL社では既に、歩道を走れるスクーターとしてWHILL Model Sを展開していますが、Model Rはお客様からの「あったらいいな」という声や要望をベースにさまざまな機能をより搭載し、よりスマートになった歩道のスクーターと位置付けています。これからは4つの製品ラインアップを通じて、高齢世代を中心により多くの層に製品を届けていきたいと考えています。

  今のお仕事はご多忙を極めているとお察ししますが、普段はどのようにリフレッシュしていますでしょうか?

杉江さん: 猫を2匹飼っているのですが、とても可愛いんです。触っているととても癒されます。

五宝さん: 私はものづくりが好きなので、家のリノベーションをしたり、陶芸をしたりしながらリフレッシュしています。会社で仕事をしていて煮詰まったときや新しいアイデアが欲しいときに、隣接する開発エリアに行って開発したものを見たり、エンジニアと話したりします。この時間が結構楽しくて、これもリフレッシュになりますね。

  杉江さんと五宝さんのお好きな言葉をそれぞれ教えていただけますか?

杉江さん: 無

五宝さん: 桃李成蹊

※聞き手はThe Voice 編集長シャオシャオ

※ゲストの肩書きや記事の内容は全て取材当時(2024年6月)のものである。

編集後記

杉江さんはWHILL社の経営トップとして世界に良い影響を与え、世界中の人々を喜ばせようと尽力しているだけでなく、グローバルな価値観も持っていらっしゃいます。常に地球規模で物事を捉え、地球全体にとって価値を生むことを追求していらっしゃいます。

「すべての人の移動を楽しくスマートにする」ことはWHILL社のミッションであり、杉江さんの夢でもあります。これを実現させるべく、杉江さんと五宝さんは日々情熱的に奮闘していらっしゃいます。

学生時代に経験されたバスケットボールとボクシングで鍛え抜かれた精神力と運動神経が起業家としての杉江さんの基礎を築いたように感じました。

五宝さんのお好きな言葉である桃李成蹊が意味するように、WHILL社が地球規模の社会課題に果敢に挑んでおり、世界をより良い方向へと導いているため、自ずと良い人材が集まり、WHILLの製品も地球の津々浦々に届き、明るい未来に向けてますます道が拓かれていくのだと強く思いました。

杉江さんと五宝さんのお話を伺えば伺うほど、お二人のコンビネーションは最高だと感じました。そして、オープンかつフラットな企業文化こそWHILLの目覚ましい成長の源だと感じました。

杉江さん、五宝さん、どうもありがとうございました!

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