2024年5月 笹川 順平さん
(公益財団法人日本財団 常務理事)
志
─ 笹川さんはどんな少年時代を過ごされましたか? 慶應義塾大学で開発経済学を学ばれたそうですが、なぜこの分野にご興味を持ちましたか? その後、新卒で三菱商事にご入社されたと伺っています。
笹川さん: 私は慶應幼稚舎から体育会系の部活に所属しており、素晴らしい上下関係に恵まれ、慶應にプライドを持ってみんなで助け合って生きてきたので、大好きな学校でした。けれども、慶應の中にとどまっていると、成長が止まるのではないかとやっと20歳になって気づきました。
私は小さい頃からずっとサッカーをやっており、大学入学時に右足に大けがをしたこともあり、その後はアメフト部でした。そして大学2年の時に「このままでは運動バカで終わる」と悲壮感を持って部活を辞めた結果、友達が居なくなってしまったのです。同じ部だった友達はみんな朝から練習しているので、日吉の噴水の前で1人座っていると、周りに誰も知っている人がいないのです。毎日授業を聞きに行っても、先生が教えていることがあまり分からず、1人になるのは怖いなと思いました。でも、これまでの世界から出ることを初めて自分で決断したことは、人生を花開かせるきっかけとなりました。
その後、自分でアルバイトを探したり、図書館に行ったり、目標を見つけてどこのゼミに入ったら良いのかなどいろいろと考えました。たまたま友人が入っているゼミが開発経済学のゼミでした。そこでゼミ代表をやったり、海外に行くチャンスをもらったり、大学生活最後の2年間は本当に良い経験を積ませていただきました。
卒業後、三菱商事に就職できたのも慶應の先輩たちやゼミの先生のサポートのおかげです。やはり慶應義塾の力は偉大だと思う一方で、社会に出ると、そのことだけで評価してくれる人はいません。「慶應」という名前に甘えてはいけないと改めて強く感じた時です。
─ 笹川さんは三菱商事を退職後、ハーバード大学行政大学院を経て、2017年から現在まで公益財団法人日本財団常務理事を務められています。笹川さんは日本財団でどんな役割を担っていらっしゃいますでしょうか?
笹川さん: 私は行政学をアメリカで学んで、行政も企業もマネジメントの手法は同じだと理解しています。両者の目的も同様です。即ち、共通理念の元に、一人一人が最大のパフォーマンスを発揮し、チームとして目標を達成し、社会課題解決を行なっていく。私はアメリカ留学から帰国後、マッキンゼー・アンド・カンパニーや自分の会社の企業経営に携わってきましたが、一方でその“マネジメント手法“を公共で活かせる所はなかなかありませんでした。一方、日本財団ではその力が必要とされます。例えばNPOのマネジメント。つまり、NPOに助成して、しっかり経営しているかを判断・助言していかなければなりません。ビジネス業界で言うと、ベンチャーキャピタルと現場再生を行うプライベートイクイティファンドの仕事を掛け合わせたイメージです。私の役割は経営企画全般・広報・新規事業立案になります。公益性と公共性の高いプロジェクトを作って、世の中をもっと良くしていくということです。この後お話しするTHE TOKYO TOILET(以下TTTと呼ぶ)プロジェクトもその中の一つです。
─ ここからはTHE TOKYO TOILET(TTT)プロジェクトについて詳しく伺っていきます。
TTTプロジェクトは誰もが快適に使用できる公共トイレを渋谷区内17カ所に新しく生まれ変わらせたと伺っています。16人の世界的な建築家やデザイナーがデザインを担当し、従来の公共トイレのイメージを一新させ、日本だけでなく、海外からも大きな注目を浴びています。『誰もが快適に使用できる公共トイレ』というコンセプトについて笹川さんはどのように考えていらっしゃいますか?
笹川さん: TTTプロジェクトに関しては、最初は、三菱商事の仲間でもあり、ユニクロ取締役の柳井康治さんから公共トイレを何とかできないかということで、障害を持つ方と持っていない方の両方が誇れるような場所にできれば良いなというお話をいただきました。日本財団としてはもちろんそれに賛同しますし、私個人としてもソーシャル・イノベーション(社会変革)を重要なテーマとして掲げています。公共のトイレは税金で成り立った公益性の高いトイレであるはずなのに、いつの間に皆が使いたくないものになってしまったわけです。このギャップを公共が「軽視」してきたわけですが、何か新しい手法でその状況を変えることができたら、トイレに限らず、他のものにも応用できるのではないかと考えました。したがって、公共トイレにおいては、まず皆が使いたくなる、感謝したくなるものに変えること。その意味で、障害を持つ方々のみならず、全ての人のためのトイレというコンセプトは正しいと思います。
─ TTTプロジェクト誕生の経緯について伺っていきたいと思います。プロジェクト全体の発案者および資金提供者は柳井康治さんとのことですが、17カ所の個性的かつ機能的で明るく清潔に生まれ変わった公共トイレの清掃とメンテナンスは日本財団と渋谷区が連携して運営しているとお聞きしています。とても社会的意義のあるプロジェクトですが、どのような経緯で誕生し、日本財団をはじめとする数多くの協力者を巻き込み、動き出しましたでしょうか?
笹川さん: 元々私が経営者として最も尊敬しているユニクロの柳井正社長から色々なアドバイスをいただいてきた関係で、柳井社長に会いにユニクロ本社を訪ねた際に、息子である康治さんに再会できて、「東京全体の公共トイレをもっと清潔で使いやすいものにしたいですが、日本財団と一緒に何かできないか」と相談を戴いたのが全ての始まりです。2017年に日本財団と渋谷区がソーシャルイノベーションに関する包括連携協定を締結していました。そこで東京全体ではなく、1つのエリアに集中した方が良いと私から提案しました。渋谷区は情報発信力が高いので、世界中に広がっていく可能性があると感じていたのです。その後、正式に渋谷区長と面談して了解を得て、その後、康治さんと多くの建築家の方々を2人で訪ね、参加のお願いをして回りました。
このプロジェクトの発案者と多くの資金の提供者は柳井康治さんです。一方、われわれ日本財団も一部の資金提供と共に、事業責任者としての重要な役割を果たしてきました。日本財団の寄付文化醸成事業は寄付者の想いを形に変えていくことが重要です。これは極めて大変な仕事でして、TTTプロジェクトに関してはステークホルダーも非常に多い中で、渋谷区に繋いだり、大和ハウス様とTOTO様にお声がけして参加へのご理解いただいたり、16名のクリエイターと交渉を詰めていったりすることはわれわれ日本財団が事業責任者としての役割です。このようにして日本財団の役割と責任で、柳井康治さんと共に、その想いを形に変えていきました。
16人の世界的なクリエイターも多種多様で、全員強い想いを持って取り組んでくださいました。まず、それを予算の範囲内にコントロールしなければいけないのを大和ハウスが何とか受け入れてくれました。さらに、トイレ機器の設置に関してアドバイザーとして協力してくださったTOTO様にも強い想いを持って取り組んでくださいました。やはり想いを形にしていくということは、単に公共トイレを作っていくだけではなく、一連のプロセスにおいて関わるステークホルダーの皆さんが本気になってプロジェクトに関わるようにアレンジして作品を作っていくことだと思います。TTTプロジェクト開始から今日まで日本財団がずっとこのことに注力してきましたので、関わったメンバーの皆さんに本当に感謝感謝の思いしかありません。
─ 17カ所の公共トイレの完成時期(2020年〜2023年)がそれぞれ異なり、各々のトイレにストーリーがあると伺っていますが、少しご紹介いただけますでしょうか?
笹川さん: 一遍に全部のトイレを完成させることは理屈では可能ですが、やはりまずは渋谷区と綿密に細かい打合せを続けて、候補に上がった場所はそれなりの理由があり、その土地が持つやりやすさとやりにくさも色々とあります。各トイレの地中埋設物の確認や、地域住民との合意形成に時間がかかるとか、こうしたことは全て設計施工メンバーである渋谷区、大和ハウス、TOTO、日本財団が責任を持って行います。したがって、工期のタイミングをずらして、各トイレごとフェーズを分けてやった方が良いと判断しました。当時は工事を担うゼネコンも東京五輪に向けてかなり忙しい状況で人手が足りていない中、大和ハウスの中でもフェーズを分けていくことで調整していただくこととなりました。
─ この17カ所の公共トイレは元々それぞれの場所にあって、それらを取り壊して新しいものを作ってきましたでしょうか?
笹川さん: そうですね。最初に渋谷区から提示してきたのは、80カ所を超える渋谷区内の公共トイレのリストです。それぞれ何年にできて築何年、今の建物の状態を調査したものでした。現場の状況を見ながらトイレの候補リストを絞っていくのは極めて大変な作業でした。
─ 笹川さんのお話を伺いましたら、各々の公共トイレが持っているストーリーは本当に様々ですね。
笹川さん: そうです。それからハプニングもたくさんありました。難しい所は、どういう風に長く綺麗に使い続けていただけるかということです。ここはなかなか思うようにいかない所です。スプレーで落書きされたり、透明トイレを壊されたりします。あとは、気温の変化によって元々部材製造元が言っていたことと違う結果になり、使用者は怒るけれども、どんな建物でもそういうことが起きてしまうわけです。
それから、公共トイレはお金持ちの道楽ではないので、公共性の高い建築物です。世の中の人々に使っていただかなければならないので、使う方や地域の住民や渋谷区民にどう説明するのかについて、繊細な言い回しが必要になります。また、渋谷区と日本財団が綿密に打ち合わせを重ねて告知していくことも大事な仕事です。この3年間はこの一つ一つのことの積み重ねであり、とても大変でした。ですから、TTTプロジェクトはお金さえかければ実現できるものではありません。
─ 笹川さんのお話を伺いますと、私たち使う側から考えれば、想像もできないような苦労の連続でしたね。
笹川さん: そうです。それと、発案者であり多くの資金を私財から投じてくださっている柳井康治さんのお気持ちを大事にしなければいけません。その一方で、これは公共物であることを忘れてはならないという点について、柳井康治さんには深い理解をいただいて、このプロジェクトが成り立っています。彼はバランス感覚がとても良く、常に理解しようと心掛けてくれました。忙しい中で、自宅に近い駅のカフェで話し合ったり、常に相談し合いながら進めてきました。そんな良き理解者でもある彼なしでは成し得なかったプロジェクトです。
─ 誰でも利用できる公共トイレをいかに清潔に保つかという所が一番重要だと思います。トイレの維持と管理に関してどのように取り組んでいらっしゃいますでしょうか?
笹川さん: ここの所は日本財団として非常に気をつけている所です。トイレを建て替えることは半分で、残りの半分は継続して何年ないし何十年にわたり綺麗に使われるかどうかが勝負だと思います。ここは同じぐらい力を入れないといけないので、様々な工夫が必要です。
一番大事なことは、今のトイレの状態を可視化することです。どのぐらい汚れているのか、修理が必要なのか、どのレベルで汚されているのか、関係者がそれを情報として把握することですぐに対応できます。トイレが汚れたらすぐに綺麗にし、また汚され、またすぐに綺麗にするといういたちごっこを続けていく覚悟を持つことです。絶対に汚れた状態を放置しないことが一番重要だと思います。現時点でTHE TOKYO TOILETのトイレは1日最大3回、決まった時間に清掃しています。それでも、時々トイレの取手を盗られたり、消えないスプレーで落書きされたりしますね。この前、佐藤可士和さんがデザインした恵比寿駅西口トイレに行ったら、ピクトサイン(男性用トイレ・女性用トイレなどの標識)が盗られていました。いろいろな人たちが利用する公共トイレなので、普通は考えられないようなことがたくさん起きます。例えば、ジョギングした人がトイレの中でシャワーを浴びて室内が水浸しになったりします。その人たちに対して、私たちはそれ以上に強い気持ちで渋谷区と話し合って、警告を出したり、トイレの外で防犯カメラをつけたり、様々な対策を考えて対応しています。
─ TTTプロジェクト全体の資金提供者は柳井康治さんですが、継続的に行う清掃や修理メンテナンスに関しては、どなたが資金を提供していますか?
笹川さん: 今までの3年間は日本財団が資金を出してきました。今後の維持管理に関しては渋谷区へ移行され清掃や破損修理などの対応を行います。これは渋谷区の財産ですから、2024年4月からは渋谷区で予算化され清掃・維持管理を行っていきます。
─ お話を伺いますと、本当に色々とありますね。公共トイレを綺麗に作って終わりというわけではなく、いかに多くの利用者に継続的に綺麗に使っていただけるかということに尽きますね。
笹川さん: そうです。後は、公共トイレは公益性のあるものなので、本当に自分のものだと思えないと、隅々まで管理することができないです。この前私はふらっと鍋島松濤公園トイレ(THE TOKYO TOILET17カ所のうちの1つ。隈研吾氏によるデザイン)に立ち寄ったのですが、ちょっと臭いなと思って、下水の匂いがしていました。しかし、トイレを見たら綺麗なのです。
後にきちんと調べた所、鍋島松濤公園のトイレが臭う原因が分かりました。公園のトイレなので、雨降った時に足裏に土が付いたままトイレに入るため、下水の弁に砂利が入ってしまい、弁の蓋が開いたままになっており、下から下水の匂いが上がってきていました。そこで、この弁を違うタイプに取り替えると臭いは消えました。トイレ自体が綺麗であれば良いのではなく、トイレの維持管理について強い想いを持って見続けていくことが大切です。
2024年4月からこの17カ所の公共トイレの維持管理を日本財団から渋谷区へ完全移管しました。われわれ日本財団はこれまで3年間にわたりメンテナンスと広報を担ってきました。地域住民が誇りを持てるようなPR活動を心掛けてきました。ですから、今後は渋谷区にとってはチャレンジになります。日本財団と渋谷区の関係はこれからもずっと続きますので、われわれもできることをしっかりサポートしていきたいと考えています。
─ TTTプロジェクトを通じて、日本社会にどんな問題を提起し、どんな変化を呼び起こしたいとお考えでしょうか? そして、海外の人々に向けてどんなメッセージを届けていきたいとお考えでしょうか?
笹川さん: 最初にも少し触れましたが、「諦めない・見捨てない」ということですね。今の日本社会はどちらかというと、自分に自信がない、あの人は良いなあと思ってしまって、卑屈になっているところが見受けられます。でも、こんなことをしても自分にとって何の意味もないです。どうしたら良くなるのか、そういう視点を持ってもらえると社会全体が明るくなると思います。
公共トイレも全く同じで、みんなが諦めていました。私は可能性が無限にあると思っていますので、自分で価値観を決めてしまったらもう終わりなのです。ですから、今回は単なる公共トイレから、知恵と工夫と資金を投入したことで、観光物にまで変わっていきました。それを舞台にした映画「PERFECT DAYS」がカンヌ国際映画祭で最優秀男優賞まで受賞するぐらいの題材にもなったのですから、モノへの見方と考え方と取組方で全てのモノに対して共通して言えることだと思います。それこそがソーシャル・イノベーションだと思います。
─ 私は先日公開されましたTTTプロジェクトのトイレを舞台とした映画「PERFECT DAYS」を劇場で観てきました。役所広司さんが演じる公共トイレの清掃員の日常を描く作品ですが、とても心が温まりました。東京の映像がとても美しく、何が本当の幸せなのかについて深く考えさせられました。シンプルな日常こそ真の心の豊かさにつながるように感じました。笹川さんはこの映画についてどんな感想を持っていらっしゃいますか?
笹川さん: まず、ヴィム・ヴェンダース(Wim Wenders)監督に手紙を書いて心を動かした柳井康治さんがすごいと思います。そして彼はあの映画を作り上げる全てに関わって、それを実現させました。そして、ドイツから来た巨匠は、日本の公共トイレを回ってみて、われわれの視点と全く違う視点をプレゼントしてくれました。トイレは神様が存在する場所だと監督がおっしゃった時、心が震えました。トイレの清掃員をみて、「彼らは下界の人間と神様をつなぐような仕事をしている」と、とても印象的な言葉でした。このような視点でトイレの清掃員をみてくれることが面白いです。また、役所広司さんは監督の想いを胸に必死に演じながら、寡黙に世の中を見続けています。平山さん(役所広司さんが演じる役の名前)がすごく幸せに見えているのは、無欲で一般の人たちと違う立場で世の中を見渡して、与えられた仕事を淡々とやっているからです。こうなりたい、ああしたいという私欲が彼にはあまりないのです。ここに人生を生き抜くヒントが隠されていると、私は感じました。
TTTプロジェクトをきっかけに、トイレの清掃員がどうあるべきかについて大きな議論になりました。建築家の安藤忠雄さんがデザインされた神宮通公園トイレは、実はその前に存在していたトイレは特に汚されていました。落書きで白い壁が見えないぐらいでした。下を向きながらそこを清掃する人たちには、「諦め」のようなものを感じていました。単に清掃回数を増やせば良いのではなく、清掃員にも彼らの仕事に対するプライドと誇りがないとダメだと確信しました。そこで、クリエイターの1人であるNIGOさんにご協力いただき、TTTトイレ専用の清掃員ユニフォームを作っていただいたのです。したがって、TTTプロジェクトで変わったのは、新しく綺麗に生まれ変わったトイレたちだけでなく、そこで働く清掃員に対する意識も大きく変わったと感じています。ここの所をヴィム・ヴェンダース監督が一度の視察で見抜いてくれて、映画「PERFECT DAYS」につながりました。映画を作る前に監督は1日をかけて17カ所のトイレを全部見て回りました。監督は日本が大好きで、以前も日本で映画を作られています。日本人以上に日本の心を理解できる人なのかもしれませんね。この映画のお陰で、プロジェクトに関わったわれわれは、何より嬉しい思いをさせていただきました。
─ 思わず映画の主人公の平山さん(役所広司さんが演じる役の名前)を想像してしまいますね。そして、映画を観た私は、この17カ所の公共トイレを利用したくなりました。
笹川さん: プロの清掃員の平山さんの姿はめちゃめちゃ格好良いじゃないですか!笑。彼のような清掃員たちは実際に毎日われわれが使う公共トイレの清掃をしているのです。
─ 映画の後半に平山さんの娘のような若い女性が出てきたシーンがありました。それを観て、平山さんはどんな家庭で育って、これまでにどんな人生を送ってきて、どんな家族がいるのかを想像したくなりますね。そして、なぜ今公共トイレの清掃員の仕事に就いているのかについても考えたくなりました。
笹川さん: そうですね。すぐに答えを出そうとわれわれは考えるのですが、やはり考えさせる余白は大事だと思います。誰も比較対象ではありませんし、一人一人の人生は皆違いますから、そこにプライドを持てば良いのではないかというメッセージですね。他人と比較するのではなく、自分自身に合った幸せを見つけるということだと思います。
今は日本も含めてSNSなどで他人と比較して、自分はダメだと思う人たちが増えてきているように感じます。映画「PERFECT DAYS」はこのような現状に一石を投じました。この映画を考案された柳井康治さんの功績は非常に大きいと思います。私は彼と一緒にお仕事ができて、幸せでした。
─ 再びお話を笹川さんご自身に戻りますが、もしもタイムマシンに乗って子供の頃に戻れるとしたら、今と同じ道に進み、今と同じように日本財団でご活躍されますでしょうか?それとも、違う分野にも挑戦してみたいとお考えでしょうか?
笹川さん: 私の人生はいろいろな紆余曲折がありましたが、今は49歳になって、この人生に最高に満足しています。次は違う国の違う家庭で生まれてみたいです。発展途上国の家庭に生まれた時に、同じように自分が同じレベル以上に行けるかどうかを試してみたいです。親から始まって慶應義塾大学や様々な企業の先輩後輩たちといった環境に恵まれてきたのは、日本に生まれたからだと思います。次はそうでない環境で私は勝負してみたいですね。
─ 笹川さんのお父さんは日本財団の会長でいらっしゃいます。笹川さんは今ご自身の会社も経営もされていると伺っています。今後はどちらの方面に重点を置いていきたいとお考えでしょうか?
笹川さん: 私はポジティブに捉えています。いろいろな見方ができる人材が大事だと思いますので、二刀流でも三刀流でもやりながら、それぞれ最高のパフォーマンスを出し学び合うことです。私はいろいろとチャレンジした方が良いと思います。しかも、全てに関して真剣にやります。ただ、重点を日本財団に置くつもりです。そして、日本財団の関係者の中から得られない知見に関しては、ビジネスの世界から学ぶことも多いので、二刀流の方がより多くの価値を創造できると思います。
─ 笹川さんの夢を教えていただけますでしょうか?(お仕事の夢もしくはプライベートの夢)
笹川さん: まだ中学生になったばかりの息子と、いつか仕事を共にして、同じ世界を志してみたいです。それが実現できるように、自分のレベルをもっと上げていきたいです。
─ 最後に、笹川さんのお好きな言葉を教えていただけますでしょうか?
笹川さん: 志
※聞き手はThe Voice 編集長シャオシャオ
※ゲストの肩書きや記事の内容は全て取材当時(2024年3月)のものである。
編集後記
公共トイレを新しく建て直すことは、資金さえ投入すれば実現できるのではなく、知恵と工夫と想いも必要だと笹川さんはおっしゃいました。寄付者の想いを形に変えていくために、事業責任者としての日本財団は行政との橋渡しや各関係者との連携交渉など様々な役割を担います。長年培った知恵と経験がTHE TOKYO TOILETプロジェクトを成功に導いたと思います。今後も公共性と公益性の高いプロジェクトを創って、社会を良くしていただきたいと願っています。そして、全てを包み込む『インクルーシブ社会』を実現させるための役割も果たしていただきたいと思います。
公共トイレのような一見変えることが難しい社会の課題に対して、諦めるのではなく、今までと違う切り口や視点からどうすれば良くなるのかを考えることがソーシャル・イノベーションだと笹川さんはおっしゃいました。私たちも勉強や仕事の場面で課題難題にあったら、諦めないで柔軟に考え方とアプローチ方法を変えて臨みたいですね。
人間一人一人みんな違います。他人と比較したり、他人に追随したりする必要はなく、自分で考えて自分に合った幸せを見つけた方が良いと笹川さんはおっしゃいました。幸福度は脳の中でどれだけ幸せを感受しているかで決まります。オキシトシンやセロトニンなどの神経伝達物質がどれだけ出ていて、感じているかです。日進月歩のIT技術で世の中が便利になって他人と比較するツールが増えることによって、劣等感を感じるようであれば逆に不幸せになってしまいます。公共トイレの清掃員を描く映画『PERFECT DAYS』はまさに私たちにここの所を気付かせてくれたと思います。つまり、シンプルな日常こそ真の幸せと心の豊かさにつながるということです。
笹川さん、どうもありがとうございました。
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The Voice編集部 thevoicetmc@gmail.com