2024年4月 秋元 里奈さん
(株式会社ビビッドガーデン代表取締役社長)
努力する人は夢中になる人に勝てない
─ 神奈川県の農家に生まれた秋元さんですが、幼少期はどのように過ごされましたか? また、幼少期、学生時代より続けられている趣味や活動はありますか。
秋元さん: そうですね、幼少期はずっと地元で育っていたのですけど、あまり人前に出ないタイプで漫画を描いたり絵を描いたりしているような小学生でした。そんな引っ込み思案な自分を変えたいと思って、中学からバスケを始め、高校ではテニスをしていました。2年ぐらい前からトライアスロンをやっていますが、その頃に身に付いた持久力が活きているのかな、と思います。私は泳ぐのはあまり得意のではないのですけど、経営者の方と一緒に練習しています。経営者には結構スポーツをしている方がいて、経営者同士で仕事関係なく一緒になって仲良くなることがありますね。ここ最近ですと、知り合いがバスケチームを持っていて、みんなで応援に行ったり、みんなでバスケしたりしています。
─ 経営者というとゴルフのイメージがありますね。
秋元さん: 確かにゴルフをされる経営者の方は多いですね。同年代の経営者でゴルフされる方も多くいます。むしろ最近の方が増えているという印象を受けます。個人的には時間がそんなにとれないので、ゴルフだと1回行くと半日ぐらいかかってしまいますが、トライアスロンだと練習しようと思えばすぐできますし、レースにも出ますが、それは年1、2回なので、そんなに時間が取られませんからね。
─ いつ頃から一次産業に関連する仕事に従事することを意識されたのですか。
秋元さん: 起業する半年くらい前だと記憶しています。元々実家が農業をしていて、中学の時に廃業しているのですが、そこからはずっと農業からは遠ざかっていたのですけれども、10年ぶりに実家に帰って、昔は綺麗だった畑が耕作放棄地になっていたのを見て、なんでやめてしまったのだろうという思いがありました。ちょうどその頃、DeNAでDXを推進する新規事業を考えていたタイミングだったので、もしかして農業ってなかなか変革がないけど、逆にすごく伸びしろのある領域なんじゃないかっていう風に、ビジネス視点で捉えたというのが起業のきっかけになっています。それが大体新卒4年目、まる3年たったぐらいのことでしたね。その半年後に退職をして起業しました。
─ 農業への想いに至ってから起業するまでは早かったですね。
秋元さん: 早かったですね。一時、副業でやろうかなと思っていて、自分のDeNAでやっていた仕事を平日にやって、週末に農業の仕事をと考えたこともあります。なかなか自分自身が追い込まれないとやらないタイプで、また二つのことを並行してやるのが苦手なもので、そのときちょうどキン肉マンの事業をやっていたので、もう頭の中がキン肉マンでいっぱいで、それ以外に土日時間を割くことができなくて、やるならやめてやらないと、と思うようになりました。そのときに起業ではなく転職も考えていたのですけれど、当時25歳で、転職しても自分の好きなように仕事を任せてもらうのはハードルが高いのかなと思いました。DeNAは創業者である南場智子社長をはじめ、若手にチャンスを与えてくれる会社だったのですが、そういった環境が珍しいということも知っていたこともあって、25歳で転職するくらいだったら起業しよう、と考えるようになりました。それからは早かったですね。すぐに上司に伝えて、もうやめる準備に入りました。
─ いろいろな方に相談をされたのですか。
秋元さん: 上司には相談しなかったのですが、もうすでに起業した方にはいろいろ話を聞きました。やっぱり社内の人とか先輩に話すと、絶対にやめた方がいいよ、といわれていたのですけど、起業している人に話すと、絶対にやった方がいいよ、と口を揃えて言われました。そんなにやりたいことがあるのだったら、やめても戻れるし、心配しても、挑戦したことがあなたの人生の価値になるから、プラスしかないんじゃないって、外で挑戦した人はみんな言うのだろうなと思ったときに、起業しようと自分の中で結論が出たということですね。
─ まだ若かったということもあるのでしょうね。
秋元さん: そうですね。時間が経てばやらない理由がどんどん増えていくので、今は若いのだから、結婚して子どもも生まれた、ということになれば、今と同じ選択はできなくなるよ、というある人からアドバイスもあって、一番身軽なときにやっておこう、という思いに至りました。どうしても「理由が増える」というところがすごくささって、起業を後押ししてくれました。気付いたらあっという間に7年経ってしまいましたが、いいタイミングだったと思いますし、20代後半をこの事業に捧げられたのは、本当によかったと思っています。
─ 秋元さんは慶應義塾大学では理工学部管理工学科に進まれました。データサイエンス、経営工学といった分野のどのあたりに興味を持たれたのでしょうか。
秋元さん: 元々金融工学に興味を持っていて、研究室も金融工学でした。高校生の時に、金融関係の仕事をしていた母から金融の仕事を勧められていたのですが、金融というのは数字を使うし理系だと思っていたのですね。それなら数学受験だと思って、高校の時に理系のコースを選択しました。実際に勉強を始めてみたら、経済学部って文系で日本史とか世界史とかが必要ですよってなって、どうしようと思っていたところ、たまたま塾の先生が経済学を理工の観点から論理証明をするような研究分野もあるよって勧めてくれて、それで理工を選んだという経緯があります。でも経済とか経営に興味があるので、それで理工だったらということで経営工学や金融工学とかを専攻したということですね。
─ 理工学部ですと修士課程に進学する学生も少なくないと思いますが、秋元さんは慶應義塾大学をご卒業後、すぐに実務の世界(DeNA)に入られました。そもそも理工に進まれたことの背景に経済や経営に興味があったことが影響しているのですね。
秋元さん: そうですね、やはり実務にすごく興味があって、結局金融工学の研究も、最後の卒業論文も、かなり実務寄りのものでしたね。金融工学ゴリゴリの研究もあって、他の同期とかはブラック・ショールズ(Black–Scholes)方程式の新しい条件においての証明とか、かなり数学的なアプローチの研究とかをしていた人もいるのですが、私は実証実験ベースの、実態の企業はどうなっているのかというところに興味があったので、そういう論文を書いたりしていました。やはり実務に興味があったということは大きかったですね。ただ、大学院に行こうと思ってなかった訳ではなくて、院に行くよりも行きたい会社だったら入ろうと思っていました。研究は研究ですごく好きだったので、その比較でしたね。なので、会社はそんなにたくさんは受けていなかったですね。そこでたまたまDeNAに出会って、一目惚れして、入社したという経緯ですね。
─ 元々金融系の会社を考えられていたのですか。
秋元さん: そうですね、東証とか日銀とか。証券会社とか。DeNAだけは異色だったのですが、他は金融系ばかりでしたね。
─ その中でDeNAを選ばれたというのは。
秋元さん: それは本当に偶然で、友人に、DeNAの説明会に行くとお寿司が出るらしいよ、って誘われて行って、創業者の南場智子社長のお話を聞いたのがきっかけでした。女性の社長が話すのを聞いたのが初めてだったというのもありましたけど、考えてみれば金融って一桁間違えるだけで大ごとなので、若いうちに失敗させるというようなことが仕事上難しいですよね。どうしても下積みみたいな仕事になってしまうのですけど、DeNAはゲームの事業が当時はメインでしたし、スタートアップに近いチャレンジングな事業スタイルで、1年目から新規事業を一つ任されるみたいなところがありました。成功確率50%のような仕事をやらせてみる。人は仕事でしか成長しないので、その機会を与える必要がある、という話をされていて、それが金融業界と対照的だなあ、こんな会社があるんだという衝撃を受けて、働き方として5年で成長できるのはどっちなのだろうと考えて、DeNAになったということですね。日銀のような金融機関だったら5年後、10年後何しているのかというのがある程度わかると思うんですけど、DeNAは10年後ないかもしれないけど、5年後とかサバイバル能力が獲得できそうだ、そう思って成長できると思った方を選びました。
─ DeNA時代に得たノウハウやご経験は今のビジネスにどのような影響を与えましたか?
秋元さん: まずDeNAに入ってなかったら起業してなかったと思います。資金調達は自分でしなければなりませんし、採用とか今まで人事の人に言えば採ってきてもらったけれども自分で採らなければなりません。起業すると初めてのことばかりで、会社の看板もないし、という状況で、なかなか前の仕事でリスクを取る経験をしていないと、いきなり取れないリスクなのかなと思います。前職のDeNAで本当に入社してみると、言われたとおり、え、そんなのいきなりできないよという仕事をバンバン任されます。先ほどキン肉マンこのことに触れましたが、キン肉マン読んだこともなければマーケティングをしたこともないのに、キン肉マンのマーケティングの責任者になるんですね。予算で言うと数億円規模のタイトルのものをいきなり任される。同時進行であらゆるものを自分で勉強して、さすがにマーケティングとかゼロからわからないので先輩たちに聞きにいったりもしましたが、自分を成長させないと仕事がこなせない。崖から突き落とされて登るみたいな経験を3年の間にたくさんさせていただきました。おかげで起業するときもそんなに怖くなかったですね。やったらなんとかなるといった、根拠はない自信が相当付きました。今、自分で事業を展開する上で新しいことに臆さなくなったという背景には、DeNAでの経験が大きかったですね。もちろん、技術的にエンジニアさんとのコミュニケーションとか、新規事業の立ち上げ方といったものを学べたというのもありますが、スキルというよりはマインド面の影響が大きかったですね。
─ 『キン肉マン』って世代的にはもっと上の世代の漫画ですよね。
秋元さん: そうですね。最初は本当にキン肉マンとラーメンマンしか知りませんでした。原作者のゆでたまご先生ともお会いする機会があったので、必死に勉強しました。
─ 2013年に大学をご卒業の秋元さんは、2016年11月には「ビビッドガーデン」を創業されています。20代半ばでの起業ですが、今のような成功のイメージは当初お持ちでしたでしょうか。
秋元さん: 全く持ってなかったですね。当時はいわゆるスタートアップっていうものも知らなくて、ベンチャー、いわゆる起業して会社を建てるくらいしかわかっていませんでした。最初のイメージは、町中華をやるようなイメージでいて、チェーン店化するというのではなく、目の届く範囲で自分が幸せにしたい人を幸せにしたいなと思ってスタートしたんですね。ただいろいろやっていく中で、私の知り合いの農家さんを助けて、応援してその人が続けられればいいやってところから、それを不特定多数の知らない農家さんでも使えるツールにして、もっと幅広く業界に貢献したいって思いが強くなり、結果的には資金調達をして今みたいな形式の事業になりました。創業当時は本当に目の届く範囲での事業を考えていたので、当時に立ち返ってみると、本当に想像できないものになっているなって思います。当時は、とりあえず農業で何かを立ち上げたかった、自分の事業で少しでも業界が良いものになればという思いが強く、その事業が小さい、大きいということにはこだわりはなかったですね。ただ、やっていくうちにそういうことをするプレイヤーも少ないし、農家さんはどんどん辞めていくし、かなり業界的に危機感を感じていたので、自分がゆっくり小さくやっていても影響力がないなと思うようになって、規模を求め始めたということですね。
─ 秋元さんは2022年12月に「第22回 Japan Venture Awards」で中小企業庁長官賞を受賞されました。受賞理由は「一次産業における事業を行う上で様々な課題を乗り越え、粘り強く継続してきたことで、生産者と消費者双方にとって良い関係性を築くことができる場の提供を実現」とあります。ここでいう乗り越えることができた「様々な課題」についてお教えください。
秋元さん: 確かに生産者と消費者をつなげるというコンセプト自体は10年、15年ぐらい前からあるにはありましたが、弊社についてはやっぱり生産者さん側からの信頼があるっていうのが大きいですね。経済合理性とかではなく、彼らが信用して出したいって思うようなものを提供することができたということ、ユーザー側から見れば、生産者さんから直接買うのでなくてもスーパーで買うこともできるし、生協とかでも買える訳ですね。そこで、なんでその生産者さんから敢えて買うのか、ということになりますが、そういった選択肢に並んだ場合であっても優位に立てるUI/UX(ユーザーインターフェイス/ユーザーエクスペリエンス)、サービスの使い勝手のよさを追求しました。同時にテレビとかメディアの力を使って、マーケティングをしていくってところを組み合わせたことが大きいですね。ただ事業としてすごく派手なことをやっていたということでもなくて、本当に地道にというところがありました。そういった中で、確かにコロナが大きな転機になったというところはありますね。
もちろんそこまで読んでいたという訳ではないのですが、コロナが来たタイミングで、私たちが生産者に寄り添った発信をしていたということで、生産者の立場に立ったプラットフォームという認識が広まって、ユーザーにとっての差別化にもつながったのだと思います。買っている野菜は同じだけれども、こちらで買っている野菜は生産者に優しい、という生産者ファーストというコンセプトがマーケットに刺さったというところが結果としてあるのだと思います。「食べチョク」というと直送という物流的なイメージになってしまうのですけれども、生産者側を向いているサービスなのだということがコロナのタイミングでユーザーさんに強く認識されていったという点が、同様の業態との差別化につながって、買ってくれる人が多くなったと思います。在庫を持たないビジネスモデルなので、一回まわり始めれば、生産者さんとユーザーさんとのやり取りの循環が続いていく、ということですね。
─ 生産者ファーストを意識したアプリの仕様としてどの辺に配慮していますか・
秋元さん: ユーザーさんが直感的に生産者さんの活動を見えるようなものにすることですね、今から漁に行ってきますとか、朝4時から収穫してきますとか、そういったことが伝わるといいなと思っています。生産者さんと親戚のような関係でつながれるそういった設計を目指しています。
私たちのビジネスの多くのお客さんは東京の方なのですが、東京であれば、ただ美味しいものを買うだけでしたらどこでも手に入ります。けれども、それでもわざわざ送料まで払って生産者さんから買うのかというと、やはり近親感だったりとか、その人しか作れないものだったりとか、そういったところを訴求していかなければならないな、ということで、サービス上もそうですし、見せ方もそういう工夫をしています。
─ 企業名にあるように「ビビッド」ですね。
秋元さん: 確かにそうですね。実は創業したときは農地の事業をやりたかったのです。実家が耕作放棄地になってしまったので、そういう余っている農地を有効利用するような事業をやろうと思っていて、余っている農地を有効活用したい人とをマッチングさせるビジネスを考えていました。今の会社のビジョンは「生産者の“こだわり”が正当に評価される世界へ」となっているのですが、当時は「色鮮やかな農地をもう一度」だったのです。実家が耕作放棄地になってしまったので、色鮮やかな農地を取り戻す、その「色鮮やかな農地」という意味で「ビビッドガーデン」と名付けました。やってみると、そもそも農地が空いているのはやっても売れないからというところに戻って、そこでただマッチングしても売れなければ続かない、しっかり高値で売れるようにする、生産者さんが収益を得られる状態をつくることが先だな、というになり、「食べチョク」をスタートしました。会社名とサービス名を分けているのは、もともとこの日本に色鮮やかな農地をたくさん取り戻したい、という思いがあって、そのうちのファーストステップとして、「食べチョク」をやっているということですね。社名も「食べチョク」に変えるようにいわれることがあるのですけれど、確かに分かりづらいですが、「色鮮やかな農地」というコンセプトに共感している社員も結構多く、今まで「ビビッドガーデン」の名前でずっとやってきています。
─ 「食べチョク」は産直通販サイトとしては今では最大手の地位にありますが、食品の他に物品や書籍なども扱い、送料無料なども売りにしている総合的な大手EC(e-commerce)サイトや競合する産直サイトとの差別化をどう図っているのでしょうか。
秋元さん: 確かにコロナ禍で産直サイトってすごく増えたのですけど、ただ商品並べているだけとか、ただ商品が買えるだけだと、それって大手のEコマースサイトでもいい、となってしまいます。だから私たちのサイトでは「生産者さんとのつながり」というところを常に意識しています。
送料というのはまさに難しい問題で、消費者の方は商品代が高いのであれば払うのですけど、それが送料だと払わない傾向があって、例えば商品代が三千円で送料千円ってなった時に、送料千円は嫌だなとなるのですね。でも、商品代が四千円だったら、実際には送料が中に含まれているのですが、買ってくれる。消費者も他社がタダ、あるいはタダとまではいかなくても送料三百円となっていると、千円は高いなという心理になってしまいますね。ただ、最近はそういった心理も随分と変わってきたと思います。交通費もそうですし、どこかに買いに行くときには時間もかかる訳ですから、その時間単価で考えれば当然、その分のコスト負担という発想にはなると思いますし、クール便とかであれば温度管理もしっかりされているのですからなおさらですが、もともと送料は1円も払いたくないという発想から、コロナ禍がきっかけかもしれませんが、運んでくれる人がいるのだからそれは当然コストがかかっているはずだ、送料も必要な経費だ、というふうに変わってきたのではないでしょうか。コロナをきかっけにインフラを担っている人へのリスペクトが高まってきて、運送業者さんいつもお疲れさまです、となってきた。確かに、今、運送業者さんは値上げをしていますけど、それによる反発って思っていたほどにはないですよね。
わが社も一時期、国が負担してくれるので送料無料といった時期もあったのですが、送料をとってもよいものであれば、と買ってくれるお客さんも一定数いて、そういったところが弊社のマーケットですね。むしろ送料無料でなければ買わないというお客さんを顧客層にしていると厳しいなと感じることが多々あります。最近原材料などの高騰でいろいろな価格が上がってきていますが、送料を払ってでもいいものを買いたいというお客さんにきちんと届けられているからこそ、弊社の事業が成り立っているところがあるのだと思います。また、災害が発生していろいろ支障があっても、きちんとお客さんに商品が届けられているのは、送料をのんでくれるお客さんだからこそ、ですね。これから物流費もどんどん上がっていくと思いますので、安売りに付き合ってしまうというのは、小さい企業の生存戦略としてはあまり好ましくなないと思います。重要なのはいかに付加価値をつけるか、高付加価値化の戦略ですね。私たちは、いいものにはいい値段をつけて、それをきちんと届ける、そういったところに気をつけています。今、10ヘクタール以上の農家数が増えていて、小規模な農家さんは減っているのですね。小さい農家さんなので、効率よくは作れないけれども高付加価値で作って売りたい人たちが今辞めていっているから、ここをなんとかしようというのが私たちのアプローチなのです。
─ 今後もその高付加価値のマーケットは大きくなると思われますか?
秋元さん: 思います。そもそもオンラインで購入する比率が日本ではまだ数パーセントで、中国などと比較すると非常に低いですね。この比率が上がることを考えれば、私たちの市場も大きくなると思います。美味しいものを手に入れるという点で考えると、いいレストランで美味しいものを食べれば1万円するものを、ネットでの直販なら数千円で買えるといった「お得の軸」を変えてあげれば、そういった志向の顧客層に非常に響くと思います。また、ある高級食材小売店で売っている、同じものが直販ならばその何分の一といった高単価なのに「お得」訴求ができるといったところに市場の可能性が大きいと思っています。
─ デジタル・プラットフォーマーとして両面市場、つまり生産者さん側のマーケットとお客さん側のマーケットの両方に向き合っている訳ですが、これらの両面へのマーケティングはどのように行なっていますか。
秋元さん: 実は生産者さん側へのマーケティング活動はほとんどしていません。創業初期に100社ぐらい生産者さんを集めてからは、私たちは生産者さん側へのマーケティングはしなくなりました。登録してくださった方が口コミで広げてくれたりして、今では月に200件ぐらいのペースで自然に増加しています。むしろ登録した後に売れるためのサポートをするという活動に注力しています。例えば桃とかイチゴとかでしたら梱包がちょっと緩いと、運送の過程で傷んでしまってクレームが付いたりしますが、そういった品質管理、商品管理についてのアドバイスやサポートを重視し、そちらの方にコストをかけています。
─ 現在は産直通販サイトとしてのブランドが確立していますからね。登録を希望する生産者さんをどのように審査していますか。
秋元さん: まず一次産業を生計の主としようとしている方に限定しています。言い換えるとアマチュアの方はお断りしています。あとは栽培管理ですね。農薬化学肥料の使用回数だったり、どのタイミングで使用したりとかを記録管理できているかとか、畜産ですと、アニマル・ウェルフェアですね、平飼いをしているか、狭いゲージに閉じ込めていないか、といったことをみますね。初期段階では書類で審査して、不備がなければ3分の2ぐらいが通ります。その後、実際に展開してみて、配送遅延が多いとか商品の不備が多いなどといった声がお客さんから寄せられると、是正勧告が出て、それに従わない場合には停止といった対応になります。
─ その後は競争、ということですね。
秋元さん: はい、そうです。ただ、売れた量が大事では必ずしもなくて、ひと月に10箱しか売れなくても、お客さんのリピート率とか、レビューを書いてくれる率、つまり満足度が高い生産者さんを上位評価する仕組みになっています。例えば去年の年間の表彰で一位になった生産者さんは、ほうれん草一筋20年という小規模農家さんなのですが、規模が小さいので市場に出すと値段がつかないということで弊社を通じて販売させていただいているのですが、食べたらほうれん草の概念が変わるくらいに美味しいのですけど、そこが他の農作物、畜産等も含めてトップになった。それはまさに規模や売上ではなく「お客さんに響いた」という点なんですね。
─ コロナ禍でさまざまなものの流通の状況に大きな変化がありました。「食べチョク」の事業にはどのような影響がありましたか?
秋元さん: ユーザーさんと生産者さん両方ありまして、ユーザーさんの方が生産者さんから直接買うというスタイルがかなり一般化したな、という印象を受けます。その前は、意識の高い方だけがわざわざ生産者さんから取り寄せるといった購買行動をしていたので、そういうマーケットがスケールする状況でもなかったのですが、コロナ禍で生産者から買って、食べて応援といった雰囲気が強まって、一度は産直で取り寄せたというお客さんがすごく多くなって、そういう市場が拡大しました。そこが大きな変化でした。産直という一部の人に限定されていた購買のスタイルが、多くの人に共有されるようになったということです。お客さんには目で見て買いたいという方が多いのですけれども、直接目で見てなくても、一度でも取り寄せてみていいものが手に入れば、それが成功体験になってもう一回ということになる。その最初の一回目のきっかけがコロナ禍でもたらされて、そのハードルが下がったということですね。
生産者の側については、直販は非常に面倒で、飲食店に一定のボリュームを卸した方が効率的だという状況だったのですが、ここ数年で販路のポートフォリオを組む傾向が強まったといえます。例えば飲食店は50%、プラットフォームを通じた直販は30%、残りはスーパーなどに卸すといった具合に、どこかがダメになっても臨機応変に変えられるようにしましょうというふうになり、販路の確保という観点から産直サイトにも登録しようという生産者さんが増えました。
また、ZOOMのような通信によるコミュニケーション・ツールが便利になったことは非常に大きな影響を与えました。それまでは生産者さんは「会いに行かなければやり取りができない」という方々だったのですけれども、そういったツールが普及したおかげで気軽にインタビューできたり、生産者さん同士の勉強会を、県を跨いでやったりといったことも簡単になったということは大きな変化だと思います。今まで限定された地域でリアルに会うしかなかったところが、全国のトマト農家が集まって会合を開く、といったことも容易に可能になりました。弊社では9500軒もの生産者さんが取引をされているのですが、何かあったら会いに行かなければならなかったのが、「今からZOOMでいいですか」となったので、コミュニケーションが非常に楽になりました。成功した生産者さんによるZOOMセミナーも展開しているのですが、それもコロナ禍でこのようなツールが便利になったことがきっかけになっています。
─ 「ビビッドガーデン」の将来ビジョンをお聞かせください。
秋元さん: 「ビビッドガーデン」としては、一次産業に従事されている方の困りごとを解決していきたいという基本的考え方が根底にあります。「食べチョク」はその中の一ピースで、会社の理念から第二の柱、第三の柱を展開できたらな、と考えています。最近始めたのが法人向けの事業で、法人従業員の方に向けたクーポンもその一つです。もう少し農家さんに近いところですと、社内の研修の一環で農地に行って、農地のアクティビティーなどを通じてチームビルディングをしたり、人材育成につなげたりしています。会社の研修で農家さんを訪問すると、必然的に農家さんとの接点ができるとそれだけで職の意識が変わりますし、それ自体事業展開のためのトレーニングになると考えています。
─ 色々なご経験を踏まえて、塾生を含む、起業を志す10代、20代の若者へのメッセージをお願いします。
秋元さん: 私自身は「起業するまで起業するつもりがなかった」ので、今現在で起業したい人に向けてのアドバイスになるかどうか分かりませんが、自分自身の経験でいうと「突然、その日はやってくる」ということですね。その日のために「小さく一歩を踏み出し続けておくこと」が大事なのかな、と思います。起業を意識していなくても、例えば、土日で起業家の集まりに参加してみるとか、自分の興味ある領域で自分の本業とか関係なく、何かイベントをやってみるとか、小さくてもいいので何かアクションを起こし続けておくと、その関心に近い人々が集まってくるので、そういった環境の中でいつの間にか起業しているというケースが多いと思います。まずは小さくてもいいのでやりたい何かを踏み出してみる、具体化していないのであれば、自分が尊敬している同世代の起業家のコミュニティーに入って行くというのも手かと思います。自分自身がそういった環境の中で変わっていき、周りを変えていくというアクションの繰り返しの中で起業というものにつながっていくのではないでしょうか。私自身、若い時に起業してよかったなと感じていて、仮に今の年齢で起業していたら相当体力的に辛かったろうなと思っています。20代の頃はある程度無茶ができますけど、それ以降だとなかなか大変だったでしょうね。そして時間が経つと家庭の事情とかいろいろと起業しない理由がどんどん増えていきます。若い時はそのハードルは高くない。ですので、期が熟すまでといわずに、若い頃から小さい何かを一歩でも踏み出し続けることが大事かと思います。そして突然くるかもしれない「その日」に備える、ということですね。
─ 最後に好きなお言葉を一つ。
秋元さん: 「努力する人は夢中になる人に勝てない。」です。志ある若い方には是非、「夢中」になってもらいたいですね。
─ 本日は貴重なお時間をいただき、ありがとうございました。
秋元さん: ありがとうございました。掲載、楽しみにしております。
※聞き手はThe Voice 副編集長・楠茂樹
※ゲストの肩書きや記事の内容は全て取材当時(2024年2月)のものである。
編集後記
「突然、その日はやってくる」。その日に備えて常に小さな一歩を。秋元さんはこういいます。
起業して軌道に乗る人とそうでない人、起業までいく人と起業までいかない人、そういった違いの本質が見える、そんなインタビューでした。
起業を意識していればもちろんのこと、そうでなくても土日で起業家の集まりに参加してみるとか、自分の興味ある領域で何かイベントをやってみるとか、小さなアクションの積み重ねが何かになる、それが何かの芽になって成長していく。まさに起業とは種苗のようなものだと感じました。
もちろん大企業の二世だったり三世だったり、最初から何らかの環境がセットアップされている経営者もいます。長いサラリーマン生活の末、企業のトップに上り詰める経営者もいます。それぞれに独自の経営理念があると思いますし、経営者としての生き様があると思います。秋元さんの場合は、実家が農家だったこともあり、一次産業に関連するビジネスを手掛けられていますが、家業を継いだわけではありません。その農地は小さいときに耕作放棄地になってしまいました。そういった農地の鮮やかな姿を取り戻したい。そういう思いで立ち上げたから「ビビッドガーデン」という商号になったと聞きます。そして情報産業の技術を乗せ、生産者と消費者を結ぶプラット・フォームを軌道に乗せます。小さくても生き生きとしている、いいものをいい値段で販売している生産者を支えるプラット・フォームです。低価格ばかりを訴求するのではなく、いいものであればいい値段で、そして消費者は満足して送料を負担する、そんな生産者ファーストのビジネス・モデルです。高付加価値帯のマーケットは今後も拡大し、それが日本の農地を、日本の一次産業をもっと色鮮やかにする。そんな社会貢献を起業家が牽引する。今日本が必要とする「クリエイティビティー」とはこういうものなのだと強く思いました。
このインタビューに接した、起業を志す塾生や若い塾員もきっと多いことだと思います。ぜひ、この秋元さんのメッセージをきっかけに、「努力に勝る夢中」になれる何かについて小さなアクションを起こして、将来の種を蒔いてみてください。
感想やお問い合わせは以下までお寄せください。
The Voice編集部 thevoicetmc@gmail.com