東京三田倶楽部(Tokyo Mita Club)

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2023年4月 永野 毅さん
(東京海上ホールディングス取締役会長、日本経済団体連合会副会長)

豊かな人生の創り方

永野毅さん

 現在は新しい業界や職業が多く生まれ、世の中の技術進歩も著しく速い時代ですが、これに伴い、若い世代で起業に挑戦したり、転職する人が昔に比べて増加していると思います。永野さんは48年間同じ会社に勤めていらっしゃいますが、この社会の現状をどう捉えていますか?

永野さん: 若者たちは常にチャレンジできるところを探していると思いますので、起業に挑戦することは勿論ポジティブに捉えていますし、転職についてネガティブには捉えていません。

僕のように48年前に新卒一括採用され、一つの会社の中で縦で育成されてきた時代が変わり、人材を社会全体で育てていく、横からの出入りを自由にし、様々な経験を積み重ねながら人が育っていく時代になってきたのだと思います。従って、若者が一度会社を出て、経験を積んでまた戻ってくることは大いに歓迎すべきことだと考えます。

ただし、問題は1年も経たないうちに、隣の芝生が青く見えてしまったのか、今の会社に飽きたと言って転職し、2年後に再度転職するような若者が増えたら、日本社会ひいては世界全体がおかしくなってしまいます。多様な経験を積むことは重要ですが、やはり一つのところでまずは腰を据えて努力することが大切です。数年かけて失敗や成功を経験し、得たものまたは乗り越えたものを積み重ね、そして次のチャレンジを求めて別の環境に行くことには大いに賛成します。そういう人材は会社を移る度に成長していますので、当社に帰りたいと言ってきたら、大歓迎です。実際、一回外に出て、やっぱり当社が好き・戻りたいという人が多くいます。一つひとつ目の前にある課題に立ち向かっていくには最低数年はかかりますので、一定程度一つの会社で頑張ることはとても大切です。

少し視点を変えて、多様性についてお伝えしたいと思います。日本は、島国で、鎖国した影響もあるかもしれませんが、人口の約98%を日本人が占めており、同質性や均一性が高いため、同じよう考えを持ち、行動する人が多い国だと思います。同じような人ばかり集まって議論するよりも、異なる考え方や視点を持つ人がいると議論が深まりますよね。現在は、1つの企業の中で解決できることが少なくなってきたので、異なるカルチャーや考えを持つ人材を外部から取り込み、多様性に富み、様々なバックグランドを持つ人がいる組織を作ることで、新しい発想やアイデアが浮かぶような環境作りが重要になってきています。スタートアップは多様な社会からより多く生まれてくるといわれています。

左:永野毅さん
右:The Voice編集長

  永野さんがとても期待を寄せている優秀な人材が退職してスタートアップを興したいと言ってきたら、応援しますか?

永野さん: 応援します。優秀な人材であればあるほど外に出さなければいけないと思います。言葉で言うのは簡単ですが、大体どこの会社も優秀な人材を自社で抱え込みたいものです。「可愛い子には旅をさせよ」というように、優秀な人をどんどん世界に出していき、育ってまた帰ってくるとなれば良いですね。

今の日本では、優秀な学生が、日本の大学ではなく海外の大学に行き、そこで多様な社会や文化に触れてから日本に帰ってくればいいのですが、残念ながらそのまま帰ってこないケースが多く見られます。人生は自分で決めることなので仕方ないのですが、やはり母国に帰り、日本を良くするためにエネルギーを使って欲しいと思います。様々な社会課題に直面する日本は今大変な時です。危機感や閉塞感に包まれて、将来の希望が見えない、ワクワクしない状況になっています。現役世代が道を切り開かねばなりませんが、若い世代の力も必要なのは間違いありません。

魅力ある輝く日本を創らなければなりませんが、そのためにはフューチャーデザイン、つまり、将来の日本や周りの地域のあり方をどうデザインしていくのかを今こそ考えなければなりません。今の世界や日本が抱えている課題や厳しい事実に目を向けて、正面から立ち向かい、各々が所属するセクターで知恵を絞ることがとても大切だと思います。企業は企業、教育は教育、自治体は自治体、政治家は政治家で日本のピクチャーを考えて、時には有機的に繋がって議論しなければなりません。例えば、多様性に富んだ社会を創るためには、あなた(聞き手)のような留学生や色々な経験を積んだ人を積極的に受け入れる方が良いでしょう。日本が人口減少の一途を辿っているから移民を受け入れるとか、専門人材が足りないから受け入れるとか、人が足りないから受け入れるのではなく、若い留学生や経験を持つ人々をもっと受け入れて、彼ら彼女らが日本が好きだ、日本に住みたいというような環境を創ることが必要だと思います。

左:永野毅さん、右:The Voice編集長

 AI技術やブロックチェーン、Web3などの目覚ましい発展により、社会がどう変化していくと思いますか?

永野さん: テクノロジーの発展についていつも思いますが、結局、地球や国のかたちをどうデザインしていくのか、ということに尽きると思います。僕は、やはり人間中心の社会がいいと思います。テクノロジーの究極の目的は人間の幸せであり、そのためにどうテクノロジーを使うのかを考えていけばよいのです。

本来人がやらなくてもよいことをテクノロジーに任せる世界は絶対にあっていいと思います。人とテクノロジーとの調和をいかに高めていくかが重要です。人間がすることを全てAI等のテクノロジーに任せ、自分たちが楽をして、趣味の世界だけに生きたとしても、人間はあまり幸せにならないのではないでしょうか。人間がすべきことに集中するためにテクノロジーを活用することが正しい考え方だと思います。

当社もテクノロジーを様々な分野で活用しています。例えば、台風で水害が発生した地域に人が入って調査する必要がありますが、人工衛星を活用すれば、被害地域全体の浸水状況を床上浸水何センチという精度で一括して確認できるので、人間による調査をせずに、被害から3日後に契約者に保険金を支払うことが可能になりました。これはまさにテクノロジー活用の好事例だと思います。

テクノロジーのさらなる発達のためにテクノロジーを使うのではなく、人間がより人間らしく生きるために、より価値を生み出すために、そして困難を克服するためにテクノロジーを使うのです。つまり、全てを人類の幸せに繋げていくのです。当社で言えば、お客様の利便性向上や社内プロセス効率化を図ることで時間を創出し、事故に遭ったお客様に今まで以上に寄り添ったサービスを社員が提供することが可能になります。テクノロジーでは人間の不安を完全に和らげることはできません。当社は人でしかできないところに資源を集中する、こういう使い方をしています。

今の世界はテクノロジーを活用してどのような社会を創り上げたいのかという議論があまりされていないように思います。例えば、量子コンピューターにより今までよりも何倍ものスピードで計算が可能になりますが、このテクノロジーを活用してどのような社会を創りたいのかという議論が必要です。

良い論議にするために、われわれのような企業人だけでなく、教育者、倫理学者、経済学者、物理学者や科学者、そして若者などが集まり、どういう社会や地球を創れば人類がより良い暮らしができるか、サステナブルな社会ができるかについて考えなければなりません。まさに、地球のあり方を定めた上でテクノロジーが担う役割を決めていく必要があります。テクノロジーを活用する目的(パーパス)があり、フューチャービジョンがあって初めてテクノロジーが活きてきます。これをパーパスドリブンあるいはミッションドリブンと言います。何のためにテクノロジーを使うかということが最初にあるべきなのです。われわれ保険会社の仕事は特にそうだと思います。世の中の困っている人を助けたい、災害に遭った人をできるだけ早く救済したい、そのためには何ができるのかを考えテクノロジーを使っています。テクノロジーありきではなく、何のためにテクノロジーを使うのか、この考え方の正しいサイクルがとても大事です。

  まさに社会全体が一つになって、この先どのような世界を築いていきたいか、そして、どうすればより良い世界を築けるかについて知恵を絞ることが求められますね。

永野さん: 2000年頃に自動運転でアメリカ横断を実現した金出武雄さんという方がいます。今パナソニックの役員である松岡陽子さんのカーネギーメロン大学時代の先生でもあります。金出先生は成功した人はみんなミッションドリブンだと言います。テクノロジードリブンではなく、社会をより良くしたいというミッションから入って成功した人がとても多いそうです。良い世界を築くためには30年後や50年後の社会をどうデザインしたいかということに尽きますね。振り返って見た時に、あの時代に人類がAIをはじめとするテクノロジーに走りすぎて、人類自体が退化してしまったということがないようにしなければなりません。

  今の若者はTikTokやInstagramなどショート動画を毎日何時間も費やして見る傾向があります。その代わり文字を読む時間が大きく減っています。この傾向が続くと、自らの力で物事を考える能力が弱まると思いますが、いかがですか?

永野さん: 例えば、スマートニュースなどのアプリがありますが、これはAIを使って人の傾向を掴み、好きなニュースや読みたいニュースを表示してくれるのです。紙の新聞の場合は、自分の好き嫌いに関わらず紙面にあるニュースが目に入ってきますので、幅広くバランスよく色々なニュースに接することができます。別の視点ですが、脳科学的にスマートフォンやタブレットの光が人間にとってあまり良くないと聞きました。睡眠の質を確保するために就寝前の2〜3時間は見ない方がよいようです。

また、子供たちの成績や記憶力を見ていても、紙で学習した子供とタブレットで学習した子供の間に記憶力の明らかな差が出ることが証明されているようです。従って、紙を無くしてはいけないと思います。紙の場合は深く読みたい時に下線を引き、もう一回同じところを読み返したり、理解できなかったところに戻ることができます。こうやって行き来しながら記憶に留めることができます。タブレットの場合は、一瞬分かったつもりになりますが、すぐに消えていくような気がします。僕は、昔は友人の電話番号を10〜20つ記憶していましたが、今は電話番号を記憶することがなくなっていますし、漢字もスマートフォンの自動変換に頼ってしまっています。字を書かなくなり、脳が退化してしまったのではないでしょうか。

左から2人目:永野毅さん

  今の世の中は色々な情報が溢れていて、人々は「情報疲れ」とも呼べる環境にいるとも思います。有益な情報もあれば、不必要な情報もあります。ただ情報に飲まれるのではなく、押し寄せてくる情報の中から有益なものを選別し、知識を深めるためにはどうしたら良いのでしょうか?

永野さん: それは自分で取捨選択するしかありません。書籍や週刊誌、ビジネス本を購読していますが、多数の本が毎週届くので全部は読めません。取捨選択して、自分にとって必要なものや学びたいものを決めることが大切です。

知識よりも知恵をつけることが重要ではないでしょうか。知識はスマートフォンに任せ、知恵を自分の頭の中に持つのです。より良い会社や社会を創ること、次世代にとってプラスになること等のヒントを知恵に昇華・転換するのです。

また、いくら知識を持っていても行動しなかったら、知識がないのと同じです。「知行合一」という言葉がありますが、「知る」と「行う」は一つで、常に表裏一体なのです。「知行合一」は中国の明の時代の思想家である王陽明の言葉です。昔の日本の経営者は中国の古典を学んでいましたが、どの時代になっても普遍的な考え方や大切な真理というものがあります。こういうものを是非若い世代にも学んでほしいと思います。「論語読みの論語知らず」という言葉がありますが、論語はスラスラ言えたとしても、実行に移さず、社会のために活用しなければ意味がありません。是非これからの時代を担う若者には行動を意識してほしいと思います。

  日本の子育ての環境についてお聞きします。永野さんから見て、どんな子育てが理想的でしょうか?また、日本の少子化や人口減少についてのご意見もお聞かせください。

永野さん: 僕自身は高知県という田舎で自然溢れるところで育ったのですが、学校の先生や親だけが子供を育てるのではなく、社会全体で育てる環境がありました。そして、自然に触れ、地域の文化に触れる機会が多くありました。コンクリートに囲まれた都会よりも自然の中で地域社会にお節介を焼かれながら育つ子供は強くなるのではないでしょうか。また、多くの兄弟姉妹に囲まれるとより逞しく育つような気がします。なぜなら、そこには多様性があり、兄弟とけんかして、泣かされたりしながら逞しくなる環境がありますからね。そして、近所や周囲の人たちにも育てられる環境もあるのです。

会社も同様です。僕が東京海上に入社した時に、夜6時になると本社ビルの食堂に皆が集まり、飲むわけです。所属の課の人もいれば、隣の課の人もいて、何々支店の人もいて、九州から出張で来た人もいて、「お前はどこから来た新人か」と言いながら、皆で「お前はそういう態度じゃダメだ」とか言って、昼間の仕事ぶりについて隣の課長や先輩が注意してお節介を焼いてくれるわけです。僕はそういう社会で育ててもらったので、子供はやはりこういう多様な人たちに囲まれながら社会によって育てられた方が良いと思います。このような環境は比較的田舎の方にあり、自然があるだけでなく、人件費や生活費も安いし、お爺ちゃんお婆ちゃんなど家族もそこに住んでいるケースが多いのではないでしょうか。

もう一つのポイントとして伝えたいのが、若いうちに出来るだけ多くの気付きを得て、多様な経験を積んだ方が良いということです。幼い頃は家庭と社会を中心に育てられますが、小学校中学校の頃になると社会との繋がりが段々とわかるようになり、さらに成長するにつれ企業との繋がりも出てきて、自分が解決したい課題も徐々に見えてきます。こういう育て方が僕は良いと思います。また、その地域で起こっていることだけでなく、日本、そして世界で起こっていることを学ばせることが大切です。

世界には自分と異なる考えを持っている人がいることを理解し、そういった人たちと議論しながら一緒に何か取り組むことで、社会課題の解決の方法を学ぶことに繋がりますし、学びは社会を良くするためにあることもわかってきます。また、慣れ親しんだ環境を飛び出て海外に積極的に出ていき、色々なバックグラウンドを持つ人々が交わる多様な環境に触れることも非常に重要なのです。

  「多様性」が全体のお話の中のキーワードですね。

永野さん: おっしゃるとおりです。多様性があって初めて主体性や自立性が生まれてくるのです。

永野さんのお好きな言葉 Today is a first day of the rest of my life.

  大きく話が変わりますが、ご家族(奧さま)が永野さんのプロフェショナル人生にどんな影響を与えたとお考えですか?もし可能でしたら教えていただけますか?

永野さん: 「家族」というそのピースが欠けていたら僕はここにいなかったと思います。家族の今までのサポートが無かったら今の僕はありません。ビジネスはプロの世界ですから、出社して退社するまでの間はある意味で舞台の上にいるようなものです。皆に見られているし、お客様と接する中で、やはり一定の緊張状態にあるわけです。しかし、家に帰れば家族の前ではありのままの自分を出すことができます。人間には「ON」と「OFF」があり、「ON」ばかりで人は生きていくことはできませんので、仕事では「ON」と「OFF」の切替、そのバランスがとても大切なのだと思います。

帰宅すると、妻は今日は仕事が上手くいった・いかなかったというのが僕の顔を見れば直ぐにわかるようです。僕たちは結婚して46年目になりますが、お互いが、なくてはならない存在で、かつ一緒にいて気兼ねのない、ある意味で「空気」のような存在だと思っているのではないでしょうか。

でも、その「空気」のような関係を作るために努力をしてきました。なせなら、夫婦は元々は他人ですからね。

  具体的にはどんな努力をしてきましたか?

永野さん: それは相手を敬うといいますか、相手の立場に立つことです。元々は他人ですから、そういう意味では最低限のマナーと言っても良いかもしれません。そして、感謝の言葉を口に出して言うことも大切ですね。

  一言で表すと、奥さまはどのような方でしょうか?

永野さん: 自我を確立し、自分の価値観をはっきり持っている人です。半世紀近く一緒に暮らしているので、お互い自然と影響を受けているのではないかと思います。そういう意味ではお互い鏡のような存在なのかもしれませんね。夫婦はよく似ると言いますが、笑うツボも同じです(笑)。

最近、妻に「私と同じ怒り方をしているね」と言われましたが、それは僕のセリフじゃないのって、思ったりもしましたね(笑)。あともう少しで金婚式を迎えますが、妻には感謝しかありません。

※聞き手はThe Voice 編集長シャオシャオ

※ゲストの肩書きや記事の内容は全て取材当時(2023年2月)のものである。

編集後記

今回のインタビューでは、若い世代がどうやって自分らしく賢くキャリア人生を進んだら良いのか、人類がどう有効有益にテクノロジーを活用したら良いのか、またどのようにして良い子を育てるのか、そしてどうやって良い家庭を築き、家族と愛や幸せに溢れる環境を共に創り上げるかなどについて幅広く永野さんにお話をいただきました。

私は仕事に対して、家庭に対して、そして日本社会が直面する課題に対して、常に真正面から向き合う永野さんの真摯なお姿に感銘を受けました。

どんなに時代が移り変わっても、私たちの社会を構成する最小単位である家庭・家族の重要性を改めて教えてくれた気がします。そして、パートナーと協力して良き関係の構築や絆の深め方の知恵、その先にある幸せな人生の奥義を説いてくれました。

さらには、自分を愛し、家族を愛し、会社や社員を愛し、さらに日本社会を愛し、ひいては全世界や地球を愛し、人類全体の繁栄や発展、その行く末に心を砕く永野さんの強い使命感がとても印象的でした!

今回のインタビューは1時間にわたり永野さんにお話を伺いました。日本を代表する大経営者としての一面だけでなく、未来の日本を憂い、持続可能社会の構築にも果敢に取り組む一面、さらには、家族のことを大切に思う愛情豊かで愛妻家の一面まで垣間見ることができました。

48年間にわたる激動のプロフェショナル人生の裏でいつも奥さまの献身的なサポートがありました。こんな永野さんに一層親しみを覚えました。心が温まる1時間でした!

永野さん、どうもありがとうございました!

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